
紀元79年のヴェスヴィオス火山の大噴火で埋もれていた「ポンペイの廃墟」には、酒場の跡が200程はっきり残っている。
ポンペイはローマ帝国のボルドーのようなもので、ローマ帝国のワイン交易の中心地であったのである。

*ドミティアヌス帝の勅令
92年、ドミティアヌス帝は、イタリアに、現にあるもの以外新しい葡萄園をつくることを禁じると共に、
ローマ帝国の海外属州にある葡萄の木の半数を引き抜くことを命じた。
これは、属州、特にガリア(フランス)に於ける葡萄栽培が進み、安いワインが輸入されるようになったため、イタリア国内のワイン産業を属州との競争から守り、国内価格をつり上げておくための方策だったようである。
しかし、属州がこの勅令に従ったと言う確かな証拠は全く見つかっていない。
この勅令は、その後約200年間効力をもち続けたが、280年、プロブス帝によって廃止された。この時期に、ガリアの主要な葡萄園地帯の大部分が、始まったか或いは、着実な発展を遂げた。