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エミリア・ロマーニヤ州は、北のポー河と南のアペニン山脈に挟まれて東西に長く横たわっている。
東部沿岸都市のリミニから北西部のピアチェンツァまで、州の中央をエミリア街道が貫き、ローマ帝国の時代から交通の要衝として栄え発展した。
ローマ帝国が衰退し始めると、西の中心地ラヴェンナが脚光を浴びる。東ローマ帝国(ビザンチン)の支配下に入つてからも、ラヴェンナはその総督府として、行政、芸術(ビザンチン文化)の中心地として栄えた。中世の暗黒時代を経て、この地方には次々と都市国家が登場する。やがて都市国家は、ポローニャのペンティヴォリオ家、フェッラーラのエステ家、パルマのファルネーゼ家など、有力な貴族に支配されるようになる。芸術家を擁護する宮廷文化が花開き、小説家、詩人、画家がこの地に集まってきた。フィレンツェを追放されにダンテはラヴェンナで客死している。こうして育まれた文化遺産がこの地域の都市に輝きを与えている。
今日では自動車、機械工業のほか、天然ガス・石油によるエネルギー供給基地としても重要な地域となっている。州都はボローニャ。
北側の「エミリア地方」は、ポー川流域の平地で、潅漑に恵まれた有数の穀倉地帯で、コムギ、トウモロコシ、野菜の栽培をはじめ、有名なパルマの生ハムやパルメザンチーズに代表される酪農製品の生産地として名を馳せている。肥沃な平地だから高品質のワイン造りには向かず、量産ワイン地帯。
一方、教皇の領土であったから、「ロマーニャ」と名付けられた南側の「ロマーニャ地方」は、アペニン山脈沿いの丘陵地帯で、DOCG<アルバーナ・ディ・ロマーニャ>など高品質ワインが造られている。
イタリアでも最高の料理を味わえることで知られるポローニャは「ラ・クラッサ(脂肪の町)」と呼ばれる一方、ヨーロッパ有数の古い歴史をもつ大学があることから「ラ・ドック(学問の町)」という愛称でも知られる。中世のたたずまいを残す旧市街には、レンガ造りのアーケードや塔、教会、宮殿が所狭しと立ち並び、すばらしい博物館がある。またポローニャは、お祭りや演劇、音楽、夏の催し物が盛んな文化的エネルギーにあふれる町でもある。
パルマ(Parma)

パルマ八ムやパルメザンチーズなど、食べ物の代名詞にもなっているこの町は、落ちついた雰囲気のカフェや最高級のレストランが並ぶ優雅で上品な町だ。
バルザックの「パルムの僧院」の舞台でもあるこの町の、中世の広場を見て回りながら、イタリアの最高級の食事と買い物を楽しみたいものです。
フェッラーラ(Ferrara)
フェッラーラは、有名な観光地から遠く離れたエミリア平原に、取り残されたように眠る静かな中世の町だ。この町に残る遺産の多くは、エステ家という一族がもたらしたものだ。この町を統治した1208~1598年の間、エステ家は域や宮殿、堂々たる城壁など不朽の遺産を残した。
ラヴェンナ (Ravenna)
ラヴェンナは、西ヨーロッパで最も美しいビザンチン様式と初期キリスト教時代のモザイクが残っている町である。401年、ローマが弱体化すると、ローマ帝国の都がこの地に移される。
港はこの町と世界を結ぶ物資補給ルートになり、また周囲の沼地は蛮族の攻撃から町を守る砦となった。帝国崩壊後も、ラヴェンナの町は繁栄を続け、493年には東コート族の王・テオドリクスがこの町からイタリアほぼ全域を掌握した。さらに、540年以降はビザンチン帝国のエスティニアヌス1世が支配者となった。どちらの王も教会など宗教上の建造物に華麗な装飾を残している。








