LOIRE Central France
ロワール上流域ワインMAP(Central France WineMap)

セントラル・フランス (Central France)のブドウ畑は、ロワール川やその支流が造った台地にある。冬寒く、夏暑い大陸性気候の影響を色濃く受ける。 夏の日照は葡萄に力を与えるが、厳しい冬は地勢によっては霜害に痛めつけられる所も少なくない。

貝殻を含む粘土石灰岩からなる「白い土地」と呼ばれる特徴的土壌で、ソーヴィニョン・ブランの単品種から造る個性的な<辛口白>の名産地。

サン・セール & プイィ・フュメ は、全ロワールで、最も名の通るワインで、「大使」格にあたる<辛口白>。日本でも愛好者が少なくない。

 


 

Sancerre サンセ‐ル

 Sancerre (サンセ‐ル)

サンセールの町は、ロワール左岸のすり鉢をふせたような丘にある。畑はその丘を取り囲むように広がっている。
葡萄栽培の歴史は古く、6世紀末。大きく発展したのは12世紀。当時は赤ワインが主だったが、高い知名度を誇っていた。

フィロキセラ禍以降、シャスラ種からソーヴィニョン・プランに植えたことが功を奏し、1960年代の辛口白嗜好の波に乗り躍進する。

ワインは<プイィ・フュメ>と比べると、一般的にはボディーがあり、酸も強く、野性味があって個性的と言われている。逆の評価をする人もあり、むしろ造り手の違いによるところが大きい。多くは飲み頃2~5年だが、熟成に向くものもある。
近年、ピノ・ノワールから、赤とロゼも造っていて、評価は高い。合わせて生産の20%程度。

以下はAOCに格付けされたものではないが、著名な畑。

Clos du Chene Marchand, Clos du Roy, Les Mont-Damnes, Le Grand Chemarin, Clos Beaujeu, Clos du Paradis

生産量
 白:136,224hl 赤:19,058hl ロゼ:12,877hl (2,808ha) 
主品種
 <白>ソーヴィニョン・プラン <赤>ピノ・ノワール

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Pouilly Fume プイィ・フュメ

Pouilly Fume(プイィ・フュメ)

プイィ・シュル・ロワール(Pouilly-sur-Loire)の町を中心とするこのAOCの畑の歴史は古く、ガロ・ローマ時代からのようだが、その名声は、中世のベネディクト修道会に属するようになってからである。
当時から火打石の風味を持つ辛口白ワインとして名を馳せた。そのワインの品種は、シャスラ種だったが、フィロキセラ禍以降、この地は、ソーヴィニョン・ブランに大半が植え替えられた。このACは、ソーヴィニョン・ブラン100%で造る<白>のもの。

ワインは、色が薄く、透明に近いものまであるが、酒質はしっかりしていて、特有の青草を感じさせる。フルーティーな切れ味の良い辛口。品格があり、熟成にも向く(3~10年)。

シャスラ種100%(若干のソーヴィニョン・ブランを混ぜるものもある)で造るワインは、下記の別のACを名乗っている。そのワインは、シャスラ種特有の香りを持ち、溌剌として飲みやすく、<プイィ・フュメ>より軽い。若飲みタイプ。生産量は極僅かで、全体の3%にも満たない。

生産量
 74,774hl (1,242ha)
主品種
 ソーヴィニョン・ブラン、シャスラ

Coteaux du Giennois  

Coteaux du Giennois

1998年にACに昇格した若いこの「コート・デュ・ジャノワ」は、ジャン(Gien)という村の名から付けられらた。オルレアンからロワール右岸を60kmほど遡ったところにあるこの村から、上流の14ヶ村のAC。

畑は古く、13世紀の王宮に供されたと言われている。若飲みタイプの白・赤に少量のロゼを産す。
<白>は、ソーヴィニヨン・ブラン種から造られ、生き生きとしたフルーティーな辛口。
<赤・ロゼ>は、ピノ・ノワールとガメイ種がら造られ、溌剌としたフルーティな軽やかなワイン。

生産量
 白:3,948hl 赤:3,261hl ロゼ:791hl (191ha)
主品種
 <白>ソーヴィニヨン・ブラン <赤>ピノ・ノワール、ガメイ

Orleans
(オルレアン)

地図には表示していない。ロワール河が北上して流れ下り、オルレアンの町で、ほぼ90度西に向きを変え大西洋向かって流れ出す。このACの畑は、そのオルレアンの町を中心にロワール河の両岸に広がっている。2006年昇格したACである。

若飲みタイプの白と赤とロゼを産す。
<白>は、シャルドネ主体の辛口。<ロゼ・赤>は、ピノ・ムニエ主体。

また、別のAC<Orleanc-Clery(オルレアン・クレリ)>があって、こちらはカベルネ・フラン主体のもの。赤は共に、アロマティック発酵が義務づけられている。
生産量
 4,3807hl、クレリ:1,441hl (123ha)

Menetou-Salon メヌトゥ-・サロン

Menetou-Salon

<サン・セール>の西に地続きの、このACは、地勢がやや平坦で、林の中に畑が散在している。
土壌は基本的には石灰質だが、黒色を帯び肥沃。 産するワインは白・赤・ロゼ。

<白>は、<サン・セール>によく似ていて、やや肉付きの点で薄いようだが、素人では一寸見分けがつかない。
<サン・セール>に比べれば値段は安い。試してみる価値あり。栽培品種もサン・セールと同じで辛口を造る。若飲みタイプ。
<赤・ロゼ>は、ピノ・ノワールで造る。きれいな澄んだ色調で、果実香豊かでボディーがある。<ロゼ>は若飲みタイプ。<赤>は飲み頃5~6年。

生産量
 白:17,012hl 赤:7,119hl ロゼ:1,947hl  (480ha)
主品種
 <白> ソーヴィニヨン・ブラン <ロゼ・赤>ピノ・ノワール

Quiney カンシー

Quiney 古都ブールジュ(Bourges)の西、ロワール支流のシェール川の左岸に畑がある。
川底だった関係で、砂と砂利が多い。歴史は古く、14世紀シトー派修道院が優れたワインを造り、アンリ4世時代は宮廷御用達だったと言われている。AC認定も1936年で、フランスでは2番目と言うことが自慢。

ソーヴィニョン・ブラン種100%で造る<辛口白>のみ。
ワインは<プイィ・フュメ>に似ている。酸が際立ち、軽やかで、きびきびした性格。飲み頃3~10年。

現在この地方の白ワインの品種・ ソーヴィニヨン・ブランは、ブールジュとカンシーの中程にあったシトー派のボーヴォワール女子修道院の尼僧達が最初に導入したものと伝えられている。粗衣粗食を旨とするシトー派の修行僧は、塩漬け食品を食べることが多く、喉の渇きを癒すのに適したワインが好んで造られたと言われている。、

生産量
 12,403hl (236ha)
主品種
 ソーヴィニヨン・ブラン100%

Reuilly ルイィ

Reuilly

<ガンシー>の南西で、やや高地に畑がある。アルノン川が中央を流れるAC。AC認定も1937年だから、早い。
土壌は石灰質系でシャブリに似ている。 白・赤・ロゼを産す。

<白>は、ソーヴィニヨン100%で造る辛口。<サン・セール>や<プイィ>よりスリムで軽め、新鮮できびきびしていて、青草の独特な香りを持ち、酸味が際立っている。若飲みタイプ。
<赤>と<ロゼ>は、ピノ・グリとピノ・ノワールと言う珍しい組合せで造られる。淡いバラの色調で、ボディーがあり、果実味豊かで軽やかなワイン。共に若飲みタイプ。ロゼの評価は高い。

生産量
 白:15,187hl 赤:2,242hl ロゼ:1,688hl (197ha)
主品種
 <白>ソーヴィニヨン・ブラン <赤・ロゼ>ピノ・ノワール、ピノ・グリ

Cour Cheverny

(クール・シュヴェルニィ  60ha)
これは、ロモランタン(Romorantin)種という地元種を原料とする辛口<白>ワインだけのAC。
ワインは若いうち溌剌としているが、熟成を経るとレモン、蜂蜜の香りが現れ、円やかな口当たりで酒質が上がる。飲み頃は5~6年。
生産量
 2,377hl (48ha)
ロアール最上流域AC (地図表示なし)

Cote Roannaise コート・ロアネーズ

Cote Roannaise このACは、ローヌ・アルプス地域の北西部に位置し、マコンやリヨンからは60km程度しか離れていない。ボージョレーの葡萄畑の東に位置するロワール最上流部渓谷にある。AC昇格は1994年。

その中心の町・ロアンヌ(Roanne)は、ローヌ河の航行が可能な地点で、パリとリヨンを結ぶ主要道路上にあるため、古代から宿場町として発展してきた。

ワインはロゼと赤を産す。ボージョレーに近いから使用品種は共にガメ種。
<ロゼ>は、美しい色調でフルーティーでフレッシュ。多くは<セニエ法>で造る。
<赤>は、マセラシオン・カルボニック法と伝統的醸造法の2つのタイプがある。果実味豊かで、しなやかな味わいの若飲みタイプ。

生産量
 10,086hl (215ha)

Cotes du Forez コート・デュ・フォレ

Cotes du Forez

<コート・ロアネーズ>から更にロワール河を上流(南)に遡る、中央山塊の山脈の東斜面、ロワール河左岸に、このACの畑はある。緯度としてはリヨンより更に南、ロ-ヌ地方の町ヴィエンヌに近い。2000年のAC昇格。

この地もガメ種を使い、<ロゼ>と<赤>を産す。ワインのタイプも造り方も<コート・ロアネーズ>にほぼ同じ。

中心の町モンブリゾン(Montbrison)は、中世フォレ伯爵領の都として栄えたが、18世紀、近くで石炭が採掘され、多くの炭鉱労働者が集散した。その結果、その労働者の喉の渇きを癒すため、この地のワインの生産は飛躍的に増大した。

生産量
 6,979hl (147ha)